人生儀礼

人生儀礼米寿の祝い(春季大祭にて淀姫神社氏子総代会より賀状贈呈)


ここでは人生儀礼についてご説明いたします。

人生儀礼とは

人の「いのち」が母親のお腹の中に宿り、生まれ育ち、長い人生を重ねていきます。 その「いのち」が生きていく中で、様々な節目を迎えます。

日本人は古来より、その節目ごとに神さまにお参りをし、人生を無事過ごすことができ、「いのち」をまっとうすることができるように祈ってきました。

それが「人生儀礼」です。ここでは、その人生儀礼について、長崎県神社庁が作成して、各神社にてお求めいただける「神社ものしり帳」をもとにご説明いたします。

※「神社ものしり帳」をお求めになりたい方は、長崎県各神社にてお問い合わせ下さいませ。

◆長崎県神社庁WEBサイトを訪ねる方はここをクリックしてください

数え年について

神事で用いる年齢は、基本的には「数え年」を使います。

「数え年」とは、生まれた年を1歳として、新年になるたびに1歳ずつ加える年齢のことです。つまり、「数え年」は、元日から誕生日の前日午後12時までは「満年齢+2」、それ以降は「満年齢+1」で計算することになります。

以下、七五三祭・厄入りと厄祓・還暦・長寿の祝いなど、基本的に「数え年」を用います。

 

安産祈願

母親のお腹の中におさない「いのち」が宿り、日ごとにその健全な発育がうかがわれるとき、昔から「子供をさづかる」、あるいは「子宝に恵まれる」として、人の力を超えた神様のおかげと考え感謝の心を忘れませんでした。

古来、懐妊の日から五ヶ月目の戌(いぬ)の日を選び岩田帯(腹帯)をしめる風習があります。

十二支の戌は犬であり、犬が安産で多産であることにあやかってこの日が選ばれました。これを「着帯のお祝い」と言い、この日は岩田帯をお宮へ持参し、両親はもとより家族一同うちそろってお参りして、懐妊の奉告を行い、胎児のすこやかな発育を願って安産を祈願します。

 

初宮詣で

赤ちゃんが誕生すると、七日目に名前をつけて祝うのが昔からのならわしです。

これを「お七夜(おしちや)」(名つけ)と言い、親族一同におひろめをしてお祝いします。

さらに子供の誕生への感謝と共に今後ますます健やかな成長を祈って初めて氏神様へお参りします。これを「初宮詣」、また「お宮参り」と言います。

このお宮参りの日どりは、その地方によっていろいろですが、当社においては

にお参りし、お祓いをうけ祝詞を奏上してもらいます。

この初宮参りの神事は、氏神様の氏子に加えていただくための重要なお祭りでもあります。またその後、生後百日頃に「お喰い初め(おくいぞめ)と称し、赤ちゃんに初めてものを食べさせる所作をさせて、一生の健康と幸福を祈る習慣もあります。

※お参りの日は、男児31日目、女児32日目 というお社もありますので、事前にお住まいの地域の産土神社へご連絡になり、ご確認ください。

 

誕生祭

赤ちゃんが生まれて初めて迎える誕生日に行うお祭りです。

満一歳の日をつつがなく迎えたことへの喜びと、感謝を奉告すると共に、行く末いよいよ神様の恵みと加護を乞い願います。

はえば立て、立てば歩めの親心

と言いますが、この世に生を受けた愛児が非力ながらも、日ごとにすくすくと成長し、一才の誕生日をめでたく祝うことのできるのは、神様のお蔭と家族の愛情のたまものといえましょう。

ことに母親の苦労が報われる日でもあり、感慨一入(ひとしお)のものと一家でお祝いします。

 

七五三祭 (基本は数え年ですが、満年齢でもお祝いします)

11月15日には「七五三」と称し、

が両親・家族と共に日頃の御神恩に感謝してお宮に参拝し、今後益々立派に成長するようにと願うお祭りです。

これは古くからの帯解(おびとき)、袴着(はかまぎ)、髪置(かみおき)のお祝いの儀式が起源とされています。

七歳女児の帯解は紐解(ひもとき)、帯結びとも言い、付け紐の着物から帯を用いはじめる歳を祝う儀式であり、室町時代には行われていました。

五歳男児の袴着は、初めて袴を着けるお祝いで、平安時代ごろから行われていた儀式です。

三歳男女児の髪置は、子供の成長にあわせて髪を伸ばしはじめ、髪を頭に置く祝いの儀式です。鎌倉時代ごろに始まりました

この三つのお祝いの儀式は、月日やその内容は今とは少し違っていましたが、現在の形として定着し、七五三と称するようになったのは、江戸時代の末期 ごろからと考えられます。

七五三詣でを11月15日に行うようになったのは、天和6年(1681年)に徳川将軍綱吉の子・徳松君をこの日に祝ったことに由来 すると言われています。

 

成人祭

我が国の法律では満二十歳を迎えた若者を成人とし、権利と義務が付与され、また社会的にも一人前の大人として認められます。

この日、各地では新成人に達したものを祝う成人式がとり行われます。また、神社でも成人祭、あるいは青年祭と言い、これらの人々を招いてお祭りが催行されますが、成人を祝う儀式は、我が国では古くから行われて来ました。

一般に元服と称するこの儀式は、武家の子弟が年齢12歳~13歳から15~16歳に達すると、前髪を剃ったり衣類をかえ、幼名を改め社会的にその意思を表明する重要な儀式でした。

また、宮中では加冠(かかん)の儀と称した古式に則り、成人のしるしとして冠をつける儀式がそれに当たります。

また女子も同様に、髪上げ、裳着(もぎ)などと称して髪の形や着物を改めました。

いずれにしても、一人前の大人としての自覚を促し、自らの判断と責任において、社会とかかわり生きていく決意をご神前に誓う重要なお祭りであることに違いありません。

 

結婚式

この世のあらゆる事象が神さまのお力や、はたらきによって営まれることを、われわれは遠い先祖から、「むすび」(産霊)という言葉で表現して来ました。

人と人が出会い縁を結ぶ結婚も、神さまの「むすび」のはたらきと考えました。 結婚は子孫繁栄の第一歩であり、家庭の繁栄や社会、国家の発展につながってゆきます。

結婚の儀は古来、さまざまな方式があり、地方によっても異なっています。

その始まりは、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命の神話の世界に見ることができます。

もともと一般における結婚の儀は、武家社会以降は自宅の床の間に御神名の掛け軸をかけて祝いの品々を供え、神酒で杯をかわすかたちで行われた来た儀式が基礎となっています。

神社で行われている神前での結婚式は、明治33年(1900年)当時、皇太子であられた大正天皇のご結婚の儀が、皇居内の賢所(かしこどころ・天照大神をお祀りする殿舎)で行われたのを機に、東京大神宮(千代田区)で最初の神前結婚式が行われ、その後急速に民間に普及していきました。

 

厄入りと厄祓 (数え年でお祓いします)

古代より人の一生には、肉体的にも精神的にも大きく変調をきたし、災厄や障り(さわり)がおとずれる時期があり、その間は、行動や振る舞いを慎むべきと考えてきました。

この重要な節目を厄年(やくどし)と言い、一般的に

  • 男性の場合 25歳・42歳・61歳
  • 女性の場合 19歳・33歳・37歳

といわれています。

また、その前後を前厄(まえやく=厄入り)、後厄と言ます。

42歳当年を本厄(ほんやく)とも言います。

わけても、男性四42歳、女性33歳は大厄とされ、お宮にお参りして災厄を祓い招福を祈願します。

42・33のひびきが「死に」あるいは「さんざん」に通じるところから、自重する歳ともされました。

この年齢の頃は、単に心身の変調期と見るだけでなく、社会的にもより重要な役目を果たすべき年齢にあたり、人生における重要な転機といえましょう。

※当神社では、

で神事を執り行っております。

※厄年に関しての習わし・および年齢については各地方で異なっている場合が多いので、お住まいの地域のの産土神社様にお問い合わせ下さい。

 

還暦 (数え年で行います)

甲(こう)・乙(おつ)・丙(へい)等の十干(じっかん)と子(ね)・丑(うし)・寅(とら)の十二支を組み合わせたのを干支(えと)といいます。

その組み合わせた数は60種類に及びます。

たとえば戊寅(つちのえ・とら)の年に生まれた人は、61年目にその干支が再びめぐってくることから、「暦が還る」お祝いとして還暦の行事が行われます。

この還暦は生まれた干支に戻ることから、生まれたときの赤ん坊に生まれ変わったと考え、さらに人生の再出発として今後の長寿・無病息災を願います。赤頭巾や赤羽織をつけて祝うのも、赤ん坊にたち返ったことを意味します。

長寿の祝い (数え年でお祝いします)

わが国では古くから、人間が年齢を加えてゆく課程で、節目ごとにお宮にお参りをして、自然の恵みや、神さまの御神恩に感謝する習わしが受けつがれてきました。

ことに、今よりずっと古い時代には、人生をまっとうすることはきわめて困難なことと考えられていましたので、よりよく生き長らえるために神々に祈念し加護を願いました。とりわけ老齢にさしかかった者には、なおさらに神さまの力にすがり長寿を祈願しました。

こうした折々の祭りは、算賀祭(さんがのまつり)、または賀寿の祝いといわれ生命のますますの充実を願ったのです。

61歳の還暦をはじめとして

さらに最もおめでたい百歳の上寿(じょうじゅ)など、神さまからいただいた命をたたえ感謝してきました。